お三味線やお琴などの和楽器製品全般を取り扱う製造卸問屋【東亜楽器株式会社】

東亜楽器株式会社

お三味線、お琴の材料が危ない!

お三味線・お琴の原材料が危ない!

お三味線・お琴の原材料が危ない!

インドの山奥にうっそうと生い茂る紅木の大樹
インドの山奥にうっそうと生い茂る紅木の大樹

中国・ベトナムの影響で現地価格が2.5~3倍に急騰
伝統工芸品や邦楽器の原材料の危機が言われ出して久しいが、これまでその主な論点は、世界的な野生動植物の減少とその保護を目的とするサイテスの規制、そして近年の動物愛護運動の高まりの二点であった。
しかし、ここにもう1つ、もっと大きく急激な要因が加わりつつある。

それは急速な経済発展を遂げる中国、そしてベトナムの登場、そこでの巨大な需要の出現である。
近年、紅木の中国における需要の高まりが著しくその動きは一向に収まらないどころか、確実に定着し、益々拡大を続けている。

紅木に切りこみを入れたところ。真っ赤な樹液は紅木ならでは
紅木に切りこみを入れたところ。真っ赤な樹液は紅木ならでは。

紅木の中国における取引事情は、インドから第三国経由で香港に入りそこから深圳 (シンセン)近辺の集散地を経て、中国各地の木材業者へと運ばれてゆく。全てサイテスで禁止されている紅木の丸太である。

取引価格は、ここ数年高騰を続けている。その輸入価格(中国の商社側)はコンテナー単位(16~20t)でトン当たり、8000ドルになっている。(平成11年)二年前には6,000~6,500ドルであった。これはどういう事かお分かりいただけるだろうか?

もし、我々のような邦楽器業者が倉庫まで行って、このコンテナー単位の16~20トンの中から使えそうな丸太(つまリ太い物、堅い物)を5~6トン選んだとしよう。値段はトン当たり百五十万円を決して下らない。というのは、この16~20トンの中身は枝のように細かったり、曲がったり、割れたりの、何でもありの込み口だからだ。

こんな物がこんな高値で中国では取引されているのだ。トン当りの丸太の本数は太めなら、30本がよいところ。ここから三味線の材料を挽くと、最高で45~50本(琴材なら40~45がせいぜいだろう)。
さて、どういう計算になってくるかお分かりと思う。

今、インド(現地)の実情はどうか?

「誰も日本の業者を相手にする者は居ないよ!」と何処でも言われる。当然の事だ。

中国向け丸太の輸出が活発化して以来(二年程前から)品質にうるさく、選別に厳しい、その上値段を出せない日本の業者(我々)は、余程何度もお願いしない限り、材料を準備してもらえなくなった。ほとんどの紅木扱い業者は、中国向けに走り、残された数少ない邦楽器専門の業者も相当な値上げをしない限り生き残れないのが現状だ。
しかし、値上げを受け入れたくてもそれに見合う材はほとんどない。

本来は山深い岩地に行かないと見つからないマウンテン材(高品質材)をわざわざ伐採しにゆく者もなく、近場のガーデン材でも何でも売れてしまう現状では、三味線用の上物をと頼んでもまともな材は集まらない。トチ物、木味で値段が決まってくるところ、並物の山を見て値上げを受け入れる事は不可能だ。互いに顔を見合わせ、ため息をつきつつ諦めざるを得ない。

これが、現地インドでの交渉の現場の姿である。

インドの国営木材倉庫。紅木の丸太が山積にされている。

以前は我々が必要としないガーデン物や細い物(枝も含む)軟ボソ、曲がり、割れ物等は安い価格で内陸をつたいミャンマー経由で中国に流れていた。量も知れた物だった。

このビルマルートが二年程前に急に中断した(多分、政治的な要因から)。

そこに中国での需要の高まりがぶつかった。需給のひっ迫から、中国国内での取引値段が急騰し(一時上海でトン当たり込みロ150~180万円にもなった)、それが今まで割に合わないとされて来た海のルートの開発に繋がった。

高値でも売れる新しい買い手が現れたからだ。

元々安値で取引されていた(我々にとっての)不要な丸太は今では取り合いとなり、その値段は2~3倍に跳ね上がりつつある(トン当たり1,500ドルが4,000ドル以上へ)。

それでも中国に売れれば十分、そして確実に利益できるからだ。(これに対し、三味線用材はリスクも大きく、良い物に当たらないと損をする業者も近年は多かった。プロしか扱えない難しい商いとなっていた。)
そして、最後に量の問題である。インド政府の公表では、密輸で流れた紅木の丸太は年間1,000トンとも、それ以上とも言うようだが、私の掴んでいる情報を総合すると、およそ年間600トン、ここ2年で1,000トン~1,300トンぐらいだと思われる。

この数字を大きいと見るか小さいと見るかは人それぞれだが、比べるべき日本向け材料の数量は極端に少ない。特に、ここ2年では中国に流れた量の十分の一以下だろう。(政府材を除いての話だが)

そしてここでの問題は、こんな調子で大量に密伐採が続いたら、果たして紅木は後何年持つのだろうかという事だ。ほとんどの現地業者は後数年で無くなってしまうだろうと話す。

インドの国営木材倉庫にて
インドの国営木材倉庫にて

遠く明清時代にも、中国で家具用材の大需要が起こり、幾種もの唐木が絶滅したという話もある。この話が時を超えて今、現実味を帯びてきている。
さて、まとめに何をお話ししたらよいのか。何か提案をできるかと困ってしまう。
中国の家具業者は益々太い丸太を要求し始めている。楽器業者は堅い材料が良いと贅沢を言い始めている。

以前は入らなかった良質材を見てしまったからだ。益々日本側に不利だ。

荒挽された紅木材を検品する筆者
荒挽された紅木材を検品する筆者

数年前、東京の組合で政府材を購入しようという企画があったが、今それが急に現実的な問題とさえ思えてくる。しかし、既に現地の資産家が100トン~200トン単位で買い漁り出している。又中国の業者が直接政府材を買い付ける可能性すらある。

今、この業界に政府材を100トン単位で買い付ける、余裕と勇気のある業者が果たしているのだろうか?政府材は元来古いカスやより残しの集積場でもあり、そこから採算に合う材を見つけ出し、選び出す事は実際問題として不可能に近い。

将来を見越しての投資のつもりというのなら話は別だが。又、暗い話になってしまった。
今後は、来るべき時代(材料不足の)に備え、新しい商売の仕方を考えておく方が良いように思える。今までこの業界を支えてきた、高付加価値を与えてくれていた紅木が無くなった時、どういう形で付加価値を維持できるのか。

今更シタンの見直しと言っても、その時は上質なシタンも多分無く、今は豊富なアフリカ材も中国の旺盛な需要でかなり少なくなっている可能性もある。

材料に頼った付加価値の設定は多分離しくなっていくだろう。名ばかりの紅木、シタンらしくないシタン系の材、白くて軽い花梨、こんな区別しかなくなるかも知れない。しかし、その時は職人的な技術による差別化が改めて見直される時かも知れない。
そう思いたい。今は、それまで材料を無駄にせず、大事に使って頂きたいと願うばかり。

平成11年11月、邦楽商報に寄稿した文章を転載(平成24年11月19日、加筆修正)
文章 増田 靖