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三味線の材料(犬皮)が危ない!No.2

三味線の材料(犬皮)が危ない!のつづき

やっとお話しする気になりました。若いスタッフの熱心な勧めで__。

一般の演奏家や、愛好家の方々の為に。何故、10年前書いた報告の続きを書かなかったか?

“書けなかった”理由をまず、お話ししましょう。

前回は業界紙への寄稿でした。本来こういう内容はビジネス上の極秘情報なので特に同業者には絶対に漏らさないものです。それを公開したのは止むに止まれぬ事情、そこまで追い込まれつつあった製造業者の困難さを理解してもらう為でした。

しかし、人は耳の痛い話は聞かない、聞きたくないものです。そして話し手も自分の都合の良い風にしか中々、話せないものです。

こういう「原材料の危機」という話は、往々して買い手つまりは小売店の方々にとっては売り手(製造業者)の値上げの口実としか思えない物なのです。

本気で心配される方も居ましたが少数でした。こうして、業界紙への寄稿は無意味な徒労に終わってしまいます。

もし一般の方(演奏家・愛好家)が偶然何かの機会にこの記事を目にしたならば仰天してしまったかもしれません。しかし、過度に心配され過ぎても困ります。まぁ、ほとんど業界紙が一般の方の目に触れる事はありませんから心配は無用でした。

ある良心的な小売店の方は先生方に“紅木のはなし”をコピーしてお配りし、皆さんに大変喜ばれたと話してくれました。これは非常に稀な例です。
さて、前置きはこれぐらいにして本題に入りましょう。

現在、タイでの犬皮の製造は“終わり”に近づいています。

不可能な状態になってきているのです。価格は元より、数量の確保が非常に難しくなっているからです。価格は以前の10倍。(前回は3倍近い値上がりと書きましたが現在価格はそれより更に3倍、つまりは以前の約10倍の価格)

具体的に書きますと以前は厚さによって20~50バーツの原皮の値段が現在では厚さに関係なく、選ぶことも出来ず、350バーツ(¥1,400)使えないロスが2~3割出るので¥2,000に近くなってきます。10年前に書いた時には、生きた犬が大量に高値でラオス側へ運ばれていった為の数量の激減でしたが、現在はタイ各地の農村から買い集めてくる数その物の激減が原因です。
犬を集めても、売り先が無くなってしまったのです。政府の徹底的な取り締まりの結果、ラオスへの密輸はほぼ完全に終わってしまいました。犬が高値で売れたマーケットが消滅してしまったのです。

その上、トラックで集めてくる業者に対する罰金も高くなり(場合によってはトラックごと没収され)リスクを冒してまで、この商売を続ける者が激減しました。その結果、数は減るうえに原皮の質(厚さ・傷)はひどく悪くなり反対に値段は更に吊り上っていったのです。

こんな状態に陥っていましたので、数年前から先は目に見えていました。改善される見通しも、ほぼ有りません。確かに終わりに近づいている、そう感じています。

食肉としてのマーケットもほぼ終わっているかと思います。以前は堂々と市場・街道沿いに店を出して犬肉を売っていた店も完全に禁止され、無くなっています。

地元、サコンナコン市内に住む人々でさえ、その存在すら知らなかった犬肉食という貧しい農民の食生活(風習)。それ自体も変わりつつあるのだと思います。良い事か悪い事かは別として。(相変わらずベトナム・中国・朝鮮・ロシアでは食文化として今も続いていますが)

最後に、今まで書けなかったもう一つの理由。血腥い事実をお話しして、今回は終わりとします。

前回取り上げた抗議行動の若いリーダーの一人。よく話を聞かせてくれた彼(犬回収業者であり、肉の業者でもあった)がその後に会った時、何故かひどく怯えていました。

聞くと数日前トラックを運転していた時、追い抜いてきたオートバイの男にピストルで狙撃され、危うい所だったというのだ。それ以来、彼は常に周囲に仲間・友人を集め、警戒を怠らないようにしていた。しかし、とうとうその日が来てしまった。実は彼は2人目の犠牲者だったのです。

一人目の犠牲者は原皮業者でトップにのし上り、皆から“犬先生”と呼ばれていた仏教徒(僧侶)で、前回の記事で屠殺や解体作業の現場を案内してくれた彼だ。私も、よく彼の家族と共に一緒に食事をしたものだ。そんな彼が夜中、何者かに家に侵入され、やはりピストルで殺害された。
地元の者ではなく、余所者でありながら羽振りが良く、段々派手な生活になっていたのを同業者やそれと結託した者達に恨まれていたのでは、との噂を聞いた。地元の新聞にすら、何も載らずに有耶無耶で終わった事件である。

そして、とうとう3人目の犠牲者も出た。

地元一番の大手業者、先の事件の黒幕では?と疑っていたビッグママが家の応接間で頭を打ち抜かれて亡くなった。私がサコンナコンを訪れると、いつもこの道に面したオープンな応接間でお茶を戴きながら、よく話をしたものだ。事件はその場での出来事だった。

結局、タイ業者・ベトナム業者、双方入り乱れての利権争いで合わせて10人前後の死者が出たと聞いた。

怖いものである。

大きなお金が動くようになればマフィア的な勢力が黒も白も参入してくるのだ。

近隣の住人ですら知らなかった、小さな犬肉の市場がベトナム・中国の爆発的な需要の増大で、突然大きなマネーの動くマーケットになり外国メディアやタイ中の関心を集めるようになり、一番ふくらんだ所で警察から軍、そして衛生局から徹底的な取締を受け、そして潰れてしまった。

もう、元には戻らない。

東亜楽器株式会社
文章:増田靖