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三味線の材料、犬皮が危ない!

三味線の材料(犬皮)が危ない!

三味線の材料(犬皮)が危ない!

中国・ベトナムの影響で現地価格が2.5~3倍に急騰

数年前タイで、動物愛護の立場から、食用に犬を屠殺することを禁止させようとする運動が起き、テレビ等のメディアを動員して、大々的なキャンペーンが繰り広げられたのをご存じだろうか。

その数年前(5,6年前)にも、欧米メディアの東北取材をきっかけに、食用にされる犬の屠殺が問題になり、その上その臓器の大部分(又、原皮)が日本に輸出されていると新聞で報道され、危うく反日キャンペーンにまで広がりかかった事があった。

こういう動物愛護絡みの騒ぎは、どうやら定期的に起こるものらしい。(台湾でも同じような騒ぎが何度も起こっている。)そして、これまでは短期的で収束して来た。しかし今回の騒ぎは、いつもと少し違っていた。

騒ぎは、メコン川を渡ってラオスに向かう、犬を満載にした船がメディアに写されてしまった事が始まりだった。

今回は動物愛護の立場からではなく、国の恥として報道された。「敬虔な仏教国、そして先進国の仲間入りを果たそうとしつつある我が国が、何故貧しい隣国にまで犬を売らなければならないのか」と言う風に。確かにタイの首都バンコクの住民には、理解しがたい事でもある。
貧しい辺境の農村の実情に、目がいかないのはどこの国でも同じことだ。
ラオス国境に近いここ東北タイ、イサーンの都市サコンナコンでは、これと言った産業も無く、近郊の農村は土地も痩せ雨量も少ないため、農業だけで生活するには限界がある。昔から、食肉用に犬を買い集め、屠殺し、解体し、販売するといった分業が出来上がっており、それを生業にする者が少なくない。
そこから皮革製造業者は、本来は不要だった生皮を分けてもらっていたのだ。

そこに数年前から新たなお客様が加わって来ていた。
どこで嗅ぎつけたのか、ベトナム・中国向けにラオス人が買い付けに来ていたのだ。
実は犬一頭の値段は、ベトナム・中国の方がタイよりもずっと高いのだ。
中国では犬肉は高級料理であり、その取引値段はタイの三倍以上だった。

それを考えれば、こういう展開は予想できた事だった。

今回の騒動の二年程前、ラオス経由でベトナム・中国へ流れてゆく犬の頭数が増えてゆくのを、業者は原皮の集まりが異常に悪くなる事で気が付いた。何回も原皮不足で工場の生産がストップする事態が起きていた。
しかし、その時は、はっきりした取引の実情を掴みきっていなかったし、ましてそこまで急激に増えるとは思ってもいなかった。実はタイの集荷業者、仲介業者にとって、屠殺など面倒な事も必要なく、右から左へと高値で売れるラオス向けは、大いに利益的な商売になっていたのだ。 注文は増える一方で、月によっては(特に冬場)あれば幾らでもという具合だった。

これを聞いてこの商売に不景気の中、ピックアップトラックをローンで購入して、新規に参入する者が相次いだ。工場がほとんど休業状態という月が何ヶ月も続き業者たちが危機だと感じた矢先の今回の騒動だった。
幸い反対キャンペーンの盛り上がりで、政府は一時的にラオスへの犬の輸送を全面的に禁止した。(その短い期間、数ケ月は一時的に供給過剰で原皮もふんだんに入り、値段も多少元に戻ったのだが)しかし、すぐに今度は現地住民の政府のやり方に対する反対運動が活発化し、それで政府側の説明集会が催される事になった。

結果はなんとも惨憺たるものだった。

当日その会場に集結したピックアップトラックは4,5百台に上り、これに驚いた主催者側の政府要人は怖くて逃げ出してしまったのだ。
テレビカメラに向かって彼らの代表が口々に生活苦と車のローンの返済に追われる実情を訴え、結局彼らは数年間の猶予期間を勝ち獲った。
なんとも曖昧な形でだが。そして今は、まるで何事もなかったの様に毎日相当数の活きた犬がラオス側へ運ばれていく。
ここまでが大筋の経過報告である。次に現在の取引状態をお話しよう。(平成16年)
現在、タイ各地から集められてくる犬の頭数は月平均約45,000頭、その内一日平均1,200頭、月に36,000頭がラオス側に売られてゆく。
ここ最近は買い集められてくる犬の数も随分と多くなってきた。
それもそのはず、新規参入組が増えたからだ。

今は以前の倍近い300台程のピックアップトラックがタイ全土の農村を走り回り、犬を買い集めている。しかし以前は荷台が満杯になってから帰って来たトラックも今は時に半分にも満たずに帰って来る有様。それだけ集め尽くしてしまった感がある。

ガソリン代も大幅に上がり又、以前はポリバケツ一個(15~20バーツ)と交換だった取引も、今は現金50バーツで買うのが通例となった。
当然、現地での取引価格は高騰する。仲介業者(大手の屠殺業者でもある)は、集荷人から一頭200バーツで買い取り、それをラオス側へ専門に輸出する業者に250バーツで売り渡す。先日のテレビでも先頭になって訴えた仲介業者のリーダーは、私に真面目に話してくれた。

「本当は全部ラオス側に売ってしまった方が、楽でずっと儲かるんだ。ここでは屠殺、解体して肉、臓物、生皮に分けて売っても、そんな金額にはならない。でも地元の雇用のため、ある程度の数は残しているんだ。」以前、原皮業者に屠殺の現場や解体作業現場を案内してもらった事がある。屠殺は真夜中から明け方にかけての作業である。

裸電球の下、小学生ぐらいの男の子が大人たちに混じって処理の手伝いをしていたのを覚えている。固唾を飲む光景である。

そして早朝、藪に囲まれて点在する近所の家の近くを通ると、そこでは軒下に女子供達が大勢集まって肉取り作業をしていた。
もう多少の値上げ程度で、生皮を優先して回して貰える時代では無くなった。
今、買い付けている原皮の値段は、二年前の約2.5倍にもなった、それでも彼はラオスへ売った方が儲かると言う。原皮以外は値上げ出来ないからだ。

元々豚肉より安いという事で流通していた犬肉、それが上がってしまったら市場はない。そしてここでも、皮革業者はなんとかお願いして分けて貰うしかないのが実情となった。ほとんどの工場は今でも必要量の2/3を確保するのが精一杯で、1/3は休業状態である。
その上、原皮代の値上がりを、日本の業者への販売価格に転嫁出来ず、どこもやる気をなくしている。

日本の市場が一番求めている厚皮(義犬、地唄)は今極端に少なくなって来ている。子犬まで集めて来られ、その中から選ぶこともできない状態では、どうしようもない事だ。厚皮の比率は二年前の半分以下、1/3ぐらいにまで落ちてきている。傷皮の割合も多い。益々採算が取れない状態になりつつある。

先ほど挙げた数字でお分かりの通り、今現地で屠殺される犬の数は毎月9,000頭程である。(ラオスへ流される数の1/4でしかない。)
その内極端に小さい物、腐った物を除いて、原皮として回ってくるのは7,000枚ぐらい。

そして、そこから使える製品として上がってくるのは約60%、4,000~4,500枚ぐらいとなる。これで、今の日本国内の需要は、原皮以外は賄えてしまっている。それはまだ、以前からの在庫が残っているせいもある。
しかし、どの犬皮製造業者も採算が合わなくなり又、ベトナム・中国側の需要の高まりで、値段がこれまで以上に高騰すれば、回ってくる原皮の数はもっと少なくなる。そういう事態はいつ来てもおかしくない。既に「値段は幾らでもいい」という声が、ラオス側から上がっていると私は聞いている。

 

(次回に続く)
文責・増田靖
今回の文章は平成16年12月15日に寄稿した邦楽器商報の記事に加筆・削除・訂正したものです。(平成26年11月20日)
現状については、次回にお伝えいたします。